
お月見という風習の起源は、どうやら「かぐや姫」のようです。
かぐや姫(竹取物語)から一つの風習が生まれました。
以下、かぐや姫のストーリーを追いながら、
誕生秘話を知る話です
↓ ↓ ↓
竹取の翁が光る竹から女の子を見つけました。
その女の子は、3ヶ月で成人し、とてもとても美しい女性になりました。
その噂はあっという間に都に広まり、沢山の求婚者が現われます。
しかし、かぐや姫は無理難題を要求し、求婚を断ります。
かぐや姫の要求は容赦がありません。
まじめに品物を探しにいった男のなかには、死者も出ましたし。
要求した品のニセモノを持ってきた男は、
嘘を見破られて、ばっさりと振られます。
上流階級のお金持ちの男達の求婚でも、全て断られたのです。
それから3年が経ちました。
かぐや姫は結婚は断りましたが、帝とは仲良しになり、
歌を送りあう仲までには進展していたようです。が.....
ある春のこと。夜空を眺めるかぐや姫は、
『今度の8月15日に月に帰らないとなりません』と告げます。
帝はかぐや姫が帰るのを、阻止するために、
2千の兵を差し向けます。が、月の都の使者の前にあっさり敗れます。
そしてかぐや姫を連れて行かれてしまいました。」
(おわり)
と、ここまではメジャーな童話『かぐや姫』です。
ですが、かぐや姫の原作の『竹取物語』ではもう少し話は続きます。
そして、この続きの部分こそ、お月見という文化を生み出したのです。
「月の都のものは、翁にかぐや姫を育ててくれたお礼にと『不死の薬』を差し出します。
しかし翁は『今さら不死になりたくもない』といって薬を帝に渡します。帝も『かぐや姫もいないのに不死になっても仕方がない』といい、天に一番近い山に薬を捨てるよう部下に命令します。
そして駿河の国の山の頂きに、薬を捨てられたことからその山は“富士(不死)の山”と名づけられました」
…というのが『竹取物語』のお話です。
この8月15日というのは明治初期まで用いられていた
「太陰太陽暦」
今でいう「旧暦」での8月15日です。
つまり、現在の9月中頃のこと。
また、この時期は収穫期でもあり、その収穫祭として
月や団子、それとすすきなどをお供えして、
「豊穣を祝った」という習わしがあったそうな。
この、「豊穣を祝った」と「竹取物語」のお話が混じって、
いつの間にか、「お月見の行事」ができたのです。
めでたし☆めでたし☆
雑学ですが、知っておくとお月見のとき、
えらそうに解説できますね(V^−°)
ニックネーム hikaririri at 09:17|
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